【概要】
(分野)政治、経済、ビジネス
(頁数)396頁+参考文献・索引48頁
(出版日)2015/9/2
本書は、2013年6月に出版された「
The Entrepreneurial State: Debunking Public vs. Private Myths in Risk and Innovation (Anthem Other Canon Economics)
」の訳本です。
今まで、「天才的企業家」や「ベンチャーキャピタル」、「企業研究」がイノベーションを培って来たという「神話」に異議を唱え、詳細なデータを元に、実は国家こそが「イノベーション」の真の立役者であったと述べています。そして、国家は様々なイノベーションの創出に多大な貢献をして来たにもかかわらず、その見返り(利益)は「株主」や「企業」にばかり向かっている事にこそ問題があると述べています。
今までのイノベーション観に新たな視点を加える一冊であり、大変興味深い内容です。
【内容】
本書は、経済に大きな影響を与えてきた「イノベーション」が、多くの「天才的企業家」や「ベンチャーキャピタル」、「企業研究」などによって生み出され、政府は種々の「規制」によって、こうした「イノベーター」達の行動を妨げているとする「神話」を真っ向から否定しています。本書では、こうした議論を「民間セクター」と「官セクター」という二項対立を用いて、その経済成長やイノベーションへの貢献の差について、様々なデータと共に展開しています。
先ず冒頭では、「イノベーション」に対して多額の投資をして来た国々(アメリカや、かつての日本など)が大きな成長を遂げてきたことから、「官セクター」のこうした能動的な行動が、経済発展に重要な役割を果たすということが述べられています。
続いて書かれるのは、様々なイノベーション(IT、バイオなど)が実用段階に至るまでの厳しい期間に、我慢強く投資し続けてきたのは、「官セクター」以外の何物でもなかったということです。
市場にならない分野・研究に多額の資金援助をして来たの常に「官セクター」であり、「民間セクター」は、結局は数か月から数年といった短期的な投機しかしないため、実際のイノベーションへの貢献度は低いばかりか、調子の悪くなるとすぐに資金を引き揚げてイノベーションの芽を潰そうとすると述べられています。
また、イノベーションに大きく貢献した「官セクター」に対してほとんど報酬がない事実も述べられています。
莫大な利益を上げている製薬企業の新薬の多くは、研究機関などで国家が莫大な研究資金を投じて出来たものでありながら、国家への利益の分配はほとんどないこと、更には高すぎる薬代によって、税金を払った国民がその新薬を購入できない矛盾が述べられます。更には、Apple社のiPhoneに使用される技術は、インターネットからGPSに至るまで全て国家による長期間の資金援助を受けて成立した技術を用いたものでありながら、Apple社はこうした技術への対価を払わないばかりか、「タックスヘイブン」を利用して納税逃れまでしていることが指摘されています。
筆者は、こうした「民間セクター」の行動を批判しつつも、主張としては、「民間セクター」と「官セクター」は今後とも協力すべきであり、「官セクター」は自身の「勇気ある」投資によって様々なイノベーションを起こしている実績を認め、こうした投資については予算をより増やすべきだということ、また、正当なリターンを得られるような枠組みを構築するべきであるということが述べられています。
【感想】
本書は従来の「イノベーション」に対する姿勢を大きく変えるものだと思います。国家の経済に対する役割は、ただ法律によって規制を行うという受動的な部分だけではなく、「新しい市場を生み出す」という能動的な部分も、経済の発展には重要であるとする点は、今後の政府の役割や方針を大きく変え得るだけのインパクトがあるなと思いました。
本書が、EUの今後の目標を示した「欧州2020」など、政策に大きな影響を与えているというのも頷けました。

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企業家としての国家 -イノベーション力で官は民に劣るという神話- 単行本 – 2015/9/2
マリアナ・マッツカート
(著),
大村昭人
(翻訳)
10/4 日本経済新聞に書評が掲載されました!
10/24 週刊東洋経済に書評が掲載されました!
「フィナンシャルタイムズ誌とハフィントンポスト誌が選んだ2013年最高の著書」
EUの政策に大きな影響を与えた話題書:待望の日本語版がついに発売!
本書の原書である「The Entrepreneurial State」は、これまで世界9か国語に翻訳され、長期にわたるイノベーション主導の経済成長において国が果たす役割と、
より包括的な経済成長について今必要とされている議論を世界中で巻き起こしている。
「国の技術開発によりスマートになったiPhone」、「クリーンエネルギー技術の行方」などの具体例を挙げながら、
現実には国家が大胆な高リスク投資を行なったあとに民間が投資を始めているといった事実を提示し,
公と民の在り方や納税者の受けるべき恩恵についてまでもマッツカート女史は力説している。
また、トマ・ピケティと異なる切り口から格差対策も提案しており、日本の経済成長にも大きな示唆を与えてくれる1冊。
10/24 週刊東洋経済に書評が掲載されました!
「フィナンシャルタイムズ誌とハフィントンポスト誌が選んだ2013年最高の著書」
EUの政策に大きな影響を与えた話題書:待望の日本語版がついに発売!
本書の原書である「The Entrepreneurial State」は、これまで世界9か国語に翻訳され、長期にわたるイノベーション主導の経済成長において国が果たす役割と、
より包括的な経済成長について今必要とされている議論を世界中で巻き起こしている。
「国の技術開発によりスマートになったiPhone」、「クリーンエネルギー技術の行方」などの具体例を挙げながら、
現実には国家が大胆な高リスク投資を行なったあとに民間が投資を始めているといった事実を提示し,
公と民の在り方や納税者の受けるべき恩恵についてまでもマッツカート女史は力説している。
また、トマ・ピケティと異なる切り口から格差対策も提案しており、日本の経済成長にも大きな示唆を与えてくれる1冊。
- 本の長さ443ページ
- 言語日本語
- 出版社薬事日報社
- 発売日2015/9/2
- ISBN-104840813159
- ISBN-13978-4840813150
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商品の説明
出版社からのコメント
各界からの絶賛のコメントが多数届いています!
「まさに今、世界が必要としている本である。」
ダニ・ロドリック ハーバード大学教授
「伝統的経済学は抽象モデルを提供する。経済学の通念は、答えは全て民間企業にあると主張する。
この素晴らしい著書で、マリアナ・マッツカートは、前者は役に立たず、後者は完全でないと主張する。」
マーティン・ウルフ フィナンシャルタイムズ誌
「マリアナ・マッツカートはイノベーションについて最も重要な思索家である。」
ニューリパブリック誌
「まず読むことだ! あなたの思考法を変えるだろう。」
フォーブス誌
「マッツカート女史の主張-技術革新で生まれた市場の成功で国は中心的役割を果たしてきており、
世の中の流れを変える発見、発明に対する国家の役割を過小評価するべきでない―は正しい議論である。」
エコノミスト誌
「緻密に構成された議論で、一般的通念がいかに無用の長物になったかを説く。」
ニューズウィーク誌
「経済における政府の役割についての陳腐な議論に新たな観点を提供。」
グローブ&メール誌(カナダ)
「文献に裏打ちされ、またエレガントな(時に楽しい)記述スタイルを用いて市場が一番よく分かっているという信仰に強烈な一撃を加えている。」
ロバート・ウェイド ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授
「企業精神の本質を理解し、経済を再始動させるためには、積極的な技術革新政策が重要であることを説く著書。」
リチャード・ネルソン コロンビア大学教授
「本書は我々にイギリス政府の政策を変えさせたほどの説得力を持っている。」
デビッド・ウィレッツ 大学・科学担当大臣(イギリス)
「まさに今、世界が必要としている本である。」
ダニ・ロドリック ハーバード大学教授
「伝統的経済学は抽象モデルを提供する。経済学の通念は、答えは全て民間企業にあると主張する。
この素晴らしい著書で、マリアナ・マッツカートは、前者は役に立たず、後者は完全でないと主張する。」
マーティン・ウルフ フィナンシャルタイムズ誌
「マリアナ・マッツカートはイノベーションについて最も重要な思索家である。」
ニューリパブリック誌
「まず読むことだ! あなたの思考法を変えるだろう。」
フォーブス誌
「マッツカート女史の主張-技術革新で生まれた市場の成功で国は中心的役割を果たしてきており、
世の中の流れを変える発見、発明に対する国家の役割を過小評価するべきでない―は正しい議論である。」
エコノミスト誌
「緻密に構成された議論で、一般的通念がいかに無用の長物になったかを説く。」
ニューズウィーク誌
「経済における政府の役割についての陳腐な議論に新たな観点を提供。」
グローブ&メール誌(カナダ)
「文献に裏打ちされ、またエレガントな(時に楽しい)記述スタイルを用いて市場が一番よく分かっているという信仰に強烈な一撃を加えている。」
ロバート・ウェイド ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授
「企業精神の本質を理解し、経済を再始動させるためには、積極的な技術革新政策が重要であることを説く著書。」
リチャード・ネルソン コロンビア大学教授
「本書は我々にイギリス政府の政策を変えさせたほどの説得力を持っている。」
デビッド・ウィレッツ 大学・科学担当大臣(イギリス)
著者について
マリアナ・マッツカート(Mariana Mazzucato)
1968年生まれ。サセックス大学、科学技術研究部門、イノベーション経済RMフィリップス寄付講座教授。
2014年英国『ニューステーツマン』誌の政治経済学の部門でシェフィールド大学政治経済研究所(SPERI)賞を受賞、2013年『ニューリパブリック』誌より「イノベーションにおける最も重要な3人」のうちの一人と称される。
世界の政策立案者にイノベーション主導の経済成長を提案し、英国政府経済諮問委員会の委員を務める。世界経済フォーラムのイノベーション経済学のメンバー、欧州委員会の成長のためのイノベーション部門専門グループ永久メンバーである。本書『The Entrepreneurial State』はこれまでに9か国語に翻訳され、長期にわたるイノベーション主導の経済成長において国が果たすべき役割と、より包括的な経済成長について、今必要とされる議論を世界中で起こしている。
ロンドン在住で、4人の子供の母親である。オフィシャルウェブサイトwww.marianamazzucato.com|ツイッター@MazzucatoM
1968年生まれ。サセックス大学、科学技術研究部門、イノベーション経済RMフィリップス寄付講座教授。
2014年英国『ニューステーツマン』誌の政治経済学の部門でシェフィールド大学政治経済研究所(SPERI)賞を受賞、2013年『ニューリパブリック』誌より「イノベーションにおける最も重要な3人」のうちの一人と称される。
世界の政策立案者にイノベーション主導の経済成長を提案し、英国政府経済諮問委員会の委員を務める。世界経済フォーラムのイノベーション経済学のメンバー、欧州委員会の成長のためのイノベーション部門専門グループ永久メンバーである。本書『The Entrepreneurial State』はこれまでに9か国語に翻訳され、長期にわたるイノベーション主導の経済成長において国が果たすべき役割と、より包括的な経済成長について、今必要とされる議論を世界中で起こしている。
ロンドン在住で、4人の子供の母親である。オフィシャルウェブサイトwww.marianamazzucato.com|ツイッター@MazzucatoM
登録情報
- 出版社 : 薬事日報社 (2015/9/2)
- 発売日 : 2015/9/2
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 443ページ
- ISBN-10 : 4840813159
- ISBN-13 : 978-4840813150
- Amazon 売れ筋ランキング: - 386,059位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,700位経済学 (本)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
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2015年9月6日に日本でレビュー済み
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2016年2月14日に日本でレビュー済み
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英国の大学で教鞭をとる著者は、経済の発展を支えるのは民間企業であるという常識にまっこうから異を唱え、「企業家精神をもって、経済成長の原動力となり、市場を立ち上げ、かつ、形作ってきたのは国家」(「日本語版への序文」)だという主張を繰り広げる。とんでもない暴論としかいいようがない。
著者はこう述べる。「民間セクターは国家に比べて企業家精神が弱い。国家の投資があらゆる不確実でリスクのある分野に及んでいるのに対して、民間セクターは画期的な工程や製品から逃げる傾向があり、国が不確実でリスクの高い分野に投資してくれるのを待っているのである」(第三章)
もし著者のこの主張が正しければ、国家が経済に関与しなかった時代には、経済は発展できなかったはずである。だがもちろん、それは事実に反する。
米国では第二次世界大戦の前まで、政府が研究開発に関与することはほとんどなかった。しかしすでに十九世紀末ごろには、世界一豊かな国となっていた。それを可能にしたのは、ライト兄弟、エジソン、テスラといった民間の偉大な企業家たちである。
いうまでもなく、ライト兄弟は世界初の有人動力飛行という輝かしい成功を収めた。著者はライト兄弟に言及している(同)ものの、触れていないことがある。それは、政府から資金支援を受けたサミュエル・ラングレーが飛行に失敗したことである。自転車屋のライト兄弟が自前で二千ドルの費用しか使わなかったのに対し、ラングレーは軍から五万ドルもの支援を受けていた。
著者は「公的研究費が増加する一方で、民間研究費は減少している」(第一章)と述べ、民間企業の消極的な姿勢を批判する。しかしそれは政府が研究開発に乗り出した結果、民間企業を閉め出してしまったからである。
また著者は、国際政治学者チャルマーズ・ジョンソンの議論に基づき、戦後日本の高度経済成長は、旧通商産業省(現経済産業省)が行った「将来を見据えた数々の政策」によって達成されたと主張する(第二章)。これも誤った見方である。
たとえば通産省は1960年代、対日直接投資の解禁を前に、国産自動車会社が米国の大手メーカーに買収されないよう、トヨタと日産の両グループに統合しようともくろんだ。城山三郎の小説『官僚たちの夏』の世界である。
ところが通産省の意図に反し、ホンダやマツダなどの下位メーカーが抵抗して再編は進まなかった。この結果、国内市場で厳しい競争条件が維持され、かえってその後の日本の自動車産業の発展につながる。寡占体制だった米自動車産業の長期衰退と好対照である。
ジョンソンはこうした事情を無視して、著書『通産省と日本の奇跡』(邦訳1982年)で、「通産省の産業政策ゆえに、日本の自動車産業は発展した」と述べた。これに対し、経済学者で東大教授だった小宮隆太郎は「通産省の存在にもかかわらず、日本の自動車産業は発展した」というのが正しいと批判している(八代尚宏『新自由主義の復権』第三章)。
自動車に限らず、通産省の産業政策の対象になった業種よりも、対象外の業種のほうが成長を遂げたのは、経済学における通説である。
さて、著者は本書で、政府研究機関や政府の支援を受けた大学などによる研究成果をこれでもかと列挙し、だから国家は企業家として優れていると結論づける。この論法は、経済学における最も基本的な原理の一つを無視している。それは機会費用である。
機会費用とは、現実に選択することのできなかった選択肢(機会)がもたらす利得を指す。ある選択がメリットをもたらすとしても、それが適切かどうかは、別の選択によって得られるメリットの大きさと比べなければ判断できない。
本書でいえば、たしかに、政府の研究開発は一定の成果をあげたかもしれない。しかし、そこに投じた資金や人材を民間の研究開発に充てていれば、もっと大きな成果が早く得られたかもしれない。自由放任時代の米国で科学技術が大きな実を結んだ上述の事実に照らせば、むしろそうなった可能性が高いとみるべきだろう。
しかし経済学者であるはずの著者は、機会費用の考えを一顧だにせず、リスクを取る国家の勇敢さをひたすらほめたたえる。これはすなわち、血税を使った投資のコストとリターンについて、あれこれ深く考えるなと言うに等しい。バッキンガム大学の生化学者、テレンス・キーリーは「マッツカート教授にとって、政府が費用対効果に無関心なのは美徳なのである」とあきれたように書いている。
あまつさえ著者は、「国はイノベーションに対してリスクの高い投資をしたのであれば、当然高いリスクに応じた見返りを受け取るべきである」(第九章)として、該当産業や技術分野から得られた特許権使用料などの利益の一部を政府が受け取るといった提案をする。さらに、企業が租税回避地などを利用して税逃れをしていると、それが合法であるにもかかわらず非難を浴びせる。
企業が課税強化などのコストを負担させられれば、最終的には値上げなどの形で消費者が負担することになる。なぜ、すでに取っている税金だけでは足りないのだろうか。もちろん、まともな答えなどあるはずがない。政府にも著者にも、リターンに見合ったコストという発想がないからである。他人の金に糸目をつけず、失敗しても給料が減るわけでもなく、果てしなく「企業家ごっこ」に打ち興じられてはたまらない。
本書の帯には、欧米の有名経済メディアによる推薦文が麗々しく印字されている。経済学のイロハを無視した大学教授が、国家が経済の主役になるよう訴え、ジャーナリズムがそれをほめそやす。これでは世界経済が迷走するのも無理はない。
著者はこう述べる。「民間セクターは国家に比べて企業家精神が弱い。国家の投資があらゆる不確実でリスクのある分野に及んでいるのに対して、民間セクターは画期的な工程や製品から逃げる傾向があり、国が不確実でリスクの高い分野に投資してくれるのを待っているのである」(第三章)
もし著者のこの主張が正しければ、国家が経済に関与しなかった時代には、経済は発展できなかったはずである。だがもちろん、それは事実に反する。
米国では第二次世界大戦の前まで、政府が研究開発に関与することはほとんどなかった。しかしすでに十九世紀末ごろには、世界一豊かな国となっていた。それを可能にしたのは、ライト兄弟、エジソン、テスラといった民間の偉大な企業家たちである。
いうまでもなく、ライト兄弟は世界初の有人動力飛行という輝かしい成功を収めた。著者はライト兄弟に言及している(同)ものの、触れていないことがある。それは、政府から資金支援を受けたサミュエル・ラングレーが飛行に失敗したことである。自転車屋のライト兄弟が自前で二千ドルの費用しか使わなかったのに対し、ラングレーは軍から五万ドルもの支援を受けていた。
著者は「公的研究費が増加する一方で、民間研究費は減少している」(第一章)と述べ、民間企業の消極的な姿勢を批判する。しかしそれは政府が研究開発に乗り出した結果、民間企業を閉め出してしまったからである。
また著者は、国際政治学者チャルマーズ・ジョンソンの議論に基づき、戦後日本の高度経済成長は、旧通商産業省(現経済産業省)が行った「将来を見据えた数々の政策」によって達成されたと主張する(第二章)。これも誤った見方である。
たとえば通産省は1960年代、対日直接投資の解禁を前に、国産自動車会社が米国の大手メーカーに買収されないよう、トヨタと日産の両グループに統合しようともくろんだ。城山三郎の小説『官僚たちの夏』の世界である。
ところが通産省の意図に反し、ホンダやマツダなどの下位メーカーが抵抗して再編は進まなかった。この結果、国内市場で厳しい競争条件が維持され、かえってその後の日本の自動車産業の発展につながる。寡占体制だった米自動車産業の長期衰退と好対照である。
ジョンソンはこうした事情を無視して、著書『通産省と日本の奇跡』(邦訳1982年)で、「通産省の産業政策ゆえに、日本の自動車産業は発展した」と述べた。これに対し、経済学者で東大教授だった小宮隆太郎は「通産省の存在にもかかわらず、日本の自動車産業は発展した」というのが正しいと批判している(八代尚宏『新自由主義の復権』第三章)。
自動車に限らず、通産省の産業政策の対象になった業種よりも、対象外の業種のほうが成長を遂げたのは、経済学における通説である。
さて、著者は本書で、政府研究機関や政府の支援を受けた大学などによる研究成果をこれでもかと列挙し、だから国家は企業家として優れていると結論づける。この論法は、経済学における最も基本的な原理の一つを無視している。それは機会費用である。
機会費用とは、現実に選択することのできなかった選択肢(機会)がもたらす利得を指す。ある選択がメリットをもたらすとしても、それが適切かどうかは、別の選択によって得られるメリットの大きさと比べなければ判断できない。
本書でいえば、たしかに、政府の研究開発は一定の成果をあげたかもしれない。しかし、そこに投じた資金や人材を民間の研究開発に充てていれば、もっと大きな成果が早く得られたかもしれない。自由放任時代の米国で科学技術が大きな実を結んだ上述の事実に照らせば、むしろそうなった可能性が高いとみるべきだろう。
しかし経済学者であるはずの著者は、機会費用の考えを一顧だにせず、リスクを取る国家の勇敢さをひたすらほめたたえる。これはすなわち、血税を使った投資のコストとリターンについて、あれこれ深く考えるなと言うに等しい。バッキンガム大学の生化学者、テレンス・キーリーは「マッツカート教授にとって、政府が費用対効果に無関心なのは美徳なのである」とあきれたように書いている。
あまつさえ著者は、「国はイノベーションに対してリスクの高い投資をしたのであれば、当然高いリスクに応じた見返りを受け取るべきである」(第九章)として、該当産業や技術分野から得られた特許権使用料などの利益の一部を政府が受け取るといった提案をする。さらに、企業が租税回避地などを利用して税逃れをしていると、それが合法であるにもかかわらず非難を浴びせる。
企業が課税強化などのコストを負担させられれば、最終的には値上げなどの形で消費者が負担することになる。なぜ、すでに取っている税金だけでは足りないのだろうか。もちろん、まともな答えなどあるはずがない。政府にも著者にも、リターンに見合ったコストという発想がないからである。他人の金に糸目をつけず、失敗しても給料が減るわけでもなく、果てしなく「企業家ごっこ」に打ち興じられてはたまらない。
本書の帯には、欧米の有名経済メディアによる推薦文が麗々しく印字されている。経済学のイロハを無視した大学教授が、国家が経済の主役になるよう訴え、ジャーナリズムがそれをほめそやす。これでは世界経済が迷走するのも無理はない。
2015年9月10日に日本でレビュー済み
これから日本政府が技術開発を支援するには、どのようなことに留意すべきなのかということをアメリカの事例を挙げながら述べた書であり、興味深く読むことができた。特に製薬企業関係者だけではなく、卸関係者にとってもこれからの新薬開発傾向を知り、今後どのように行動しなければならないかということを考えるヒントになる書である。
2023年7月10日に日本でレビュー済み
良本だが、「国家はイノベーションに投資すべし」と言いながらも「無駄や規制をなくしポスト成長分野に集中して投資すべき」 など"選択と集中"的思想から抜けきれていないのが残念。文中にケインズやシュンペーターが出てくるのにもかかわらず、未熟な貨幣観故に"言いたいことはわかるがスッキリしない"内容となっている。
グリーンエネルギーや製薬にたいする政府支出を推奨しているところなどもグローバリズム=金融資本=共産主義という経済根本の構図を洞察しない作りになっている。
貨幣観が不完全だとモノの見方全てが不完全になるという証明としては傑作。
グリーンエネルギーや製薬にたいする政府支出を推奨しているところなどもグローバリズム=金融資本=共産主義という経済根本の構図を洞察しない作りになっている。
貨幣観が不完全だとモノの見方全てが不完全になるという証明としては傑作。